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【 Muteppos創部の経緯 】
■Mutepposの起源は、2001年冬に遡る。 東京商船大学(現・東京海洋大学)越中島グラウンドで、海運リーグを目指してK-Lineメンバーとして練習していたオーバー40有志のラグビーへの思いが原型である。 ■2002年早春、海運リーグが終了した後の宴席で、「シーズンが終わっても、オーバー40でラグビーしたいね」とMuteppos創部への機運が盛り上がった。 その時のメンバーは、島雄節彦、下田純、浜田彰大、村上雅彦の4名だった。 ■ガマクラブに所属していた村上雅彦が、「K-Lineだけだと数も揃わないし、ガマにも呼びかけて、オーバー40のチームを作りましょう」と発案し、村上雅彦と浜田彰大が、ガマクラブ監督・池野建彦を表敬訪問し、Muteppos創部の構想を固めた。 ■以上の経緯を踏まえて、ガマクラブを長年にわたって率いてきた池野建彦が総監督となり、商船大グラウンドを使用するにあたって、大きな力をもつ島雄節彦がコミッショナーに就任した。 ■Mutepposとしての第1回練習は、2002年4月6日に越中島グラウンドで行なわれた。 また、記念すべき第1回試合は、2002年4月28日にフィーバーズと行なわれた。 ■2006年、Mutepposは5回目のシーズンを迎える。 |